相続の生前対策をお考えの方へ
目次
1. はじめに:なぜ今、相続の生前対策が必要なのか?
高齢化社会と相続トラブルの増加傾向
日本は世界に類を見ない高齢化社会を迎えており、相続に関する問題が年々増加しています。家庭裁判所における遺産分割事件の新受件数は、ここ10年間で約1.5倍に増加しており、「争族」と呼ばれる相続トラブルが深刻な社会問題となっています。
また、相続税の基礎控除額が引き下げられたことにより、これまで相続税とは無縁だった一般的な家庭でも相続税対策が必要になってきました。不動産を所有している方、預貯金が一定額以上ある方は、早めの生前対策が重要となっています。
生前対策を行うことの重要性とメリット
相続の生前対策を行うことで得られるメリットは以下の通りです:
- 「争族」の回避:遺言等による明確な意思表示により、相続人間のトラブルを未然に防ぐ
- 残された家族の負担軽減:複雑な相続手続きや、スムーズな相続税申告準備等相続人の負担を最小限に抑制
- 自身の意思の実現:財産の行き先を自分の意思で決定
- 相続税の軽減:合法的な節税対策による税負担の軽減
この記事でわかること
この記事では、相続の生前対策の具体的な方法から、弁護士へ相談するメリットまで、税理士・司法書士有資格の弁護士が専門的な観点から詳しく解説いたします。
2. 相続の生前対策 具体的な方法とそれぞれの特徴
2-1. 遺言書の作成
遺言書とは?
遺言書の作成は、最も基本的で重要な相続の生前対策です。遺言書は法的効力を持つ文書であり、被相続人の最終的な意思表示として相続に関する様々な事項を定めることができます。
遺言書の種類と選び方
自筆証書遺言
- メリット:費用がかからない、秘密が保たれる、いつでも作成可能
- デメリット:厳格な形式の不備により無効になるリスク、紛失・偽造の可能性がある
- 費用目安:0円(用紙代のみ)
公正証書遺言
- メリット:公証人が作成するため確実性が高い、原本が公証役場で保管される
- デメリット:費用がかかる、証人が必要
- 費用目安:3~10万円程度
秘密証書遺言
- メリット:内容の秘密保持が可能
- デメリット:手続きが複雑で費用がかかる
- 費用目安:1~3万円程度
遺言書で実現できること
- 相続分の指定(法定相続分と異なる配分)
- 遺贈(相続人以外への財産承継)
- 子の認知
- 遺言執行者の指定
- 祭祀承継者の指定
遺言書作成時の注意点
遺言書の作成において最も重要な注意点は、遺留分への適切な配慮です。遺留分とは、法定相続人が最低限相続できる権利として法律で保障された割合であり、この遺留分を侵害する内容の遺言書を作成してしまうと、相続開始後に遺留分侵害額請求という形で相続人間のトラブルの原因となってしまいます。特に配偶者や子どもがいる場合には、遺留分の計算を正確に行い、これを考慮した内容とすることが円満な相続実現のために不可欠です。
また、遺言書が法的に有効となるためには、民法の定める厳格な方式に従って作成する必要があります。自筆証書遺言の場合は、遺言者本人がすべて自筆で記載し、日付と氏名を明記して押印することが必要で、一文字でも他人が代筆したり、日付の記載に不備があったりすると遺言書全体が無効となってしまいます。公正証書遺言を選択する場合でも、証人の確保や必要書類の準備など、事前の十分な準備が求められます。
さらに、せっかく有効な遺言書を作成しても、適切に保管されていなければ意味がありません。自筆証書遺言の場合は紛失や改ざんのリスクを避けるため、法務局での保管制度を活用するか、信頼できる人に保管場所を伝えておくことが重要です。また、遺言書の内容は時間の経過とともに状況に合わなくなる可能性があるため、定期的な見直しと必要に応じた書き直しも大切な注意点として挙げられます。
2-2. 生前贈与
生前贈与とは?
生前贈与とは、生前に財産を無償で譲渡することで相続財産を減らし、相続税対策を図る手法です。計画的な贈与により、相続税の負担を大幅に軽減できる可能性があります。
メリット
- 相続税の軽減効果
- 贈与者の意思で財産承継のタイミングを選択可能
- 受贈者の生活支援
デメリット
- 贈与税の負担
- 相続開始前3年以内の贈与は相続財産に加算
暦年贈与と相続時精算課税制度
暦年贈与
暦年贈与は、年間110万円までの基礎控除を活用した最も一般的な生前贈与の手法です。この制度の最大の魅力は、毎年110万円以内の贈与であれば贈与税が課税されないため、長期間継続することで大きな節税効果を得られることにあります。例えば、10年間継続して行えば最大1,100万円を非課税で財産移転することが可能となり、相続財産の圧縮による相続税の軽減効果が期待できます。
しかし、暦年贈与には重要な注意点があります。令和6年度税制改正により、相続開始前の生前贈与加算期間が従来の3年から7年に延長されました。これにより、相続人等が相続開始前7年以内に受けた贈与については、たとえ年110万円の基礎控除以下の金額であっても、すべて相続財産に加算されて相続税の計算対象となってしまいます。つまり、毎年100万円ずつ7年間贈与を受けていた場合、贈与税は課税されていなかったにも関わらず、相続時には合計700万円が相続財産に加算され、相続税が課税されるリスクがあります。
また、税務署から定期贈与とみなされるリスクがあります。定期贈与と判定されてしまうと、贈与開始時に将来分も含めた全額に対して贈与税が課税されてしまうため、毎年異なる金額で贈与を行ったり、適切な贈与契約書を作成したりするなどの対策が不可欠です。
相続時精算課税制度
相続時精算課税制度は、令和6年度税制改正により大幅に利便性が向上した制度です。従来の2,500万円までの贈与税特別控除に加えて、令和6年(2024年)1月1日以降の贈与から、年間110万円までの基礎控除が新設されました。この改正により、年110万円以下の贈与であれば贈与税は非課税となり、かつ累計2,500万円の特別控除に含める必要がなく、相続時の相続財産加算も不要となりました。
相続時精算課税制度で年間110万円を贈与した場合の取り扱いを具体例で説明すると、毎年110万円ずつを10年間継続して贈与した場合、合計1,100万円の贈与について贈与税は一切かからず、贈与税申告も不要となります。さらに重要なのは、この1,100万円は相続時においても相続財産に加算されないため、相続税の課税対象からも完全に除外されることです。これは、従来の暦年贈与では相続開始前7年以内の贈与(基礎控除以下の金額も含む)がすべて相続財産に加算されるのとは大きく異なる点です。
この制度の最大の特徴は、将来的な値上がりが期待される不動産や事業用資産などの財産に対して特に有効であることです。なぜなら、110万円を超える贈与分については贈与時の価額で相続財産に加算されるため、その後の値上がり分については相続税の課税対象から除外されるからです。また、相続時精算課税制度では、基礎控除分は期間に関わらず加算の対象にならないため、長期間にわたって安定した財産移転が可能となります。
2-3. 生命保険の活用
生命保険金と相続財産
生命保険金は相続財産とは別扱いとなり、遺産分割協議の対象外となります。また、相続人が受け取る死亡保険金には「500万円×法定相続人の数」の非課税枠があるため、効果的な相続税対策となります。
生命保険を活用した相続対策のポイント
受取人の指定により特定の相続人への財産承継が可能
生命保険を活用した相続税対策において最も重要なポイントは、受取人の指定により特定の相続人への財産承継を確実に実現できることです。生命保険金は契約時に指定された受取人の固有の財産となるため、遺産分割協議の対象外となり、他の相続人との協議を経ることなく迅速に資金を受け取ることができます。これにより、相続開始直後の当面の生活費や葬儀費用、相続税の納税資金として活用することが可能となります。
相続税の非課税枠を最大限活用
また、生命保険金には「500万円×法定相続人の数」という相続税の非課税枠が設けられており、この枠を最大限活用することで大きな節税効果を得ることができます。例えば、配偶者と子ども2人が相続人の場合、1,500万円までの死亡保険金は相続税の課税対象から除外されるため、現金で相続するよりも税負担を大幅に軽減できます。
代償分割の資金源として活用
代償分割の資金源としても極めて有効です。不動産などの分割困難な財産を特定の相続人が取得する場合、他の相続人に代償金を支払う必要がありますが、生命保険金をこの代償金の原資として活用することで、円滑な遺産分割を実現できます。
2-4. 不動産をお持ちの方の生前対策のポイント
不動産を所有している方は、以下の点に特に注意が必要です:
共有名義のリスク
共有者全員の同意が必要となる管理・処分の困難さ
不動産を複数の相続人で共有名義にすることは、一見すると公平な解決方法に思えますが、実際には深刻な問題を引き起こす可能性があります。共有不動産の管理・処分には、原則として共有者全員の同意が必要となるため、一人でも反対者がいれば売却はもちろん、大規模な修繕やリフォームなどの重要な意思決定ができなくなってしまいます。特に、共有者の中に連絡が取れない人がいたり、認知症になって判断能力を失った人がいたりする場合、不動産の活用が事実上不可能になってしまうリスクがあります。
次世代への承継時の権利関係の複雑化
次世代への相続が発生するたびに共有者の数が増加し、権利関係が複雑化することです。例えば、兄弟3人で共有していた不動産が、それぞれの相続により配偶者や子どもに承継されると、共有者が10人以上になることも珍しくありません。
このような状況では、全員の合意を得ることは極めて困難となり、不動産が事実上「塩漬け」状態になってしまいます。また、共有者の一人が共有物分割請求を行使すれば、不動産の競売による強制的な売却が行われる可能性もあり、想定していた価格よりも大幅に安い価格での売却を余儀なくされるケースも少なくありません。
測量・境界確定の重要性
不動産を所有している方の生前対策において、測量・境界確定は極めて重要な準備事項の一つです。隣地との境界が曖昧な状態のまま相続が発生すると、相続人間での遺産分割協議が長期化したり、不動産の売却時に買主から境界確定を求められて取引が停滞したりする可能性があります。
特に、昔からの土地で境界標が不明確な場合や、隣地所有者との間で境界に関する認識に相違がある場合には、境界確定測量を実施して明確な境界線を確定しておくことが不可欠です。 境界が確定していない不動産は、正確な面積が把握できないため、相続税評価額の算定においても問題が生じる可能性があります。また、将来的に不動産を売却する際には、買主や金融機関から境界確定図面の提出を求められることが一般的であり、その時点で測量・境界確定を行うとなると、相続手続きや売却手続きが大幅に遅延してしまいます。
さらに、隣地所有者が高齢化や相続により代替わりしてしまうと、境界に関する過去の経緯を知る人がいなくなり、境界確定がより困難になってしまうリスクもあります。 生前に測量・境界確定を完了しておくことで、相続発生後の手続きを円滑に進めることができ、相続人の負担を大幅に軽減することが可能となります。また、正確な面積に基づいた適切な相続税評価により、過大な税負担を避けることもできるため、費用対効果の高い生前対策といえます。
3. 相続の生前対策を始めるタイミングと進め方
3-1. いつから始めるべきか?
相続の生前対策は「思い立ったが吉日」です。年齢に関係なく、健康で判断能力があるうちから準備を始めることが重要です。
特に以下の場合は早急な対策が必要です:
- 相続税の課税対象となる可能性がある財産を保有
- 相続人間で将来トラブルが予想される
- 事業を営んでおり事業承継が必要
- 配偶者や子どもがいない場合
3-2. 生前対策を進めるステップ
財産目録の作成
相続の生前対策を効果的に進めるためには、まず現在の財産状況と相続関係を正確に把握することが出発点となります。財産目録の作成では、不動産、預貯金、有価証券、生命保険、貴金属、骨董品などのプラスの財産だけでなく、借入金、未払金、保証債務などのマイナスの財産も含めて詳細な棚卸しを行う必要があります。
特に不動産については、登記簿謄本を取得して正確な所有状況を確認し、固定資産税評価額や路線価による概算評価額を算出しておくことが重要です。また、預貯金についても、複数の金融機関に分散している場合が多いため、通帳やキャッシュカード、取引明細書などを整理して、すべての口座を漏れなく把握する必要があります。
不要な財産の処分
長年にわたって蓄積された財産の中には、実際には価値が低い財産、維持費がかかるだけの負担となっている財産、相続人の争いの火種となりうる財産が含まれている場合があります。例えば、利用価値の低い不動産、価値の下がった有価証券、使用していない貴金属類などは、相続前に適切に処分することで、相続財産をシンプルにし、相続人の負担を軽減できます。 特に不動産については、立地条件が悪く賃貸需要が見込めない物件や、維持管理費が収益を上回る物件などは、相続前に売却を検討することが重要です。また、複数の金融機関に少額ずつ分散している預貯金口座についても、管理の効率化とともに相続手続きの簡素化を図るため、必要最小限の口座に集約することが望ましいでしょう。
財産の組み替え
財産の組み替えは、相続税対策と円滑な財産承継の両方を実現するための重要な手法です。現金や預貯金といった分割しやすい財産と、不動産のような分割困難な財産のバランスを調整することで、相続人間での公平な分割を可能にします。
具体的には、現金を不動産投資に活用して収益性を高めつつ相続税評価額を圧縮したり、逆に不動産を売却して現金化することで分割しやすい財産を増やしたりする方法があります。また、生命保険への加入により、納税資金の確保と非課税枠の活用を同時に実現することも効果的な組み替え手法の一つです。
財産管理の効率化
高齢になるにつれて財産管理が複雑になることを避けるため、生前対策の段階で管理体制を整備しておくことが重要です。複数の金融機関に分散している口座を整理統合し、定期的に利用しない口座は解約することで、日常的な管理負担を軽減できます。 また、重要な書類(不動産の権利証、金融機関の通帳、有価証券の証券、保険証券など)の保管場所を明確にし、相続人が容易に発見できるよう整理しておくことも大切です。
さらに、インターネットバンキングやオンライン証券口座などのデジタル資産についても、アクセス情報を適切に管理し、相続人に引き継げる体制を整備しておく必要があります。
4. 弁護士に相談するメリットと当事務所のサポート
4-1. なぜ弁護士に相談すべきなのか?
法的に有効で最適な対策の提案
弁護士への相談により、民法、相続税法等の専門知識に基づいた法的に確実な対策を策定できます。形式不備による遺言書の無効化や、想定外の法的リスクを回避することが可能です。
将来の紛争予防を見据えたアドバイス
豊富な相続トラブル解決経験を持つ弁護士だからこそ、将来起こりうる紛争を予測し、事前に適切な対策を講じることができます。
複雑な手続きの代行
相続手続きは多岐にわたる複雑な手続きが必要です。弁護士に依頼することで、手続きの負担を大幅に軽減し、確実な手続き完了を実現できます。
精神的な安心感
専門家のサポートにより、相続に関する不安を解消し、安心して老後を過ごすことができます。
5. 円満な相続と安心のために、今すぐできることから始めましょう
相続の生前対策は、ご自身の大切な財産を適切に承継し、「争族」を避けて円満な相続を実現するための重要な取り組みです。健康で判断能力があるうちから計画的な準備を進めることで、ご家族の負担を軽減し、相続税対策も実現できます。 相続対策に「早すぎる」ということはありません。
時間的余裕があるからこそ、最適な対策を選択し、段階的に実行していくことが可能です。まずはお気軽にご相談ください。初回相談は45分間無料で承っております。お客様一人ひとりの状況に応じた最適な解決策をご提案いたします。

広島大学(夜間主)で、昼に仕事をして学費と生活費を稼ぎつつ、大学在学中に司法書士試験に合格。相続事件では、弁護士・税理士・司法書士の各専門分野における知識に基づいて、多角的な視点から依頼者の最善となるような解決を目指すことを信念としている。
広島大学法科大学院卒業
平成21年 司法書士試験合格
令和3年4月 横須賀支部後見等対策委員会委員
令和5年2月 葉山町固定資産評価審査委員会委員
令和6年10月 三浦市情報公開審査会委員
令和6年10月 三浦市個人情報保護審査会委員
令和7年1月 神奈川県弁護士会横須賀支部役員幹事
令和7年3月 神奈川県弁護士会常議員