大切なご家族が亡くなり、悲しみに暮れる間もなく、葬儀の手配や費用の支払いといった現実的な問題に直面します。その際、「まとまったお金がない。故人の預金口座から葬儀費用を支払えたら…」と考えるのは、ごく自然なことかもしれません。
しかし、もし故人に多額の借金がある可能性があり、あなたが「相続放棄」を検討しているのであれば、その行動は非常に大きなリスクを伴います。
故人の財産に安易に手をつけてしまうと、相続する意思があるとみなされ、後から相続放棄が認められなくなる「法定単純承認」という状態になってしまう恐れがあるのです。
この記事では、相続放棄を検討している場合に「やってもいいこと」と「絶対にやってはいけないこと」の境界線はどこにあるのか、特に多くの方が悩む「葬儀費用の支払い」を中心に、具体的な事例を交えて税理士・司法書士有資格の弁護士が分かりやすく解説します。
大前提:相続放棄を阻む「法定単純承認」とは?
まず、なぜ故人の財産に手をつけることに注意が必要なのか、その法的根拠である「法定単純承認」について理解しましょう。
民法第921条では、相続人が以下のような行為をした場合、単純承認(プラスの財産もマイナスの財産もすべて相続すること)をしたものとみなすと定めています。
- 相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき
- 相続人が熟慮期間内(3ヶ月以内)に限定承認も相続放棄もしなかったとき
- 相続人が相続財産の全部または一部を隠したり、消費したり、わざと財産目録に記載しなかったりしたとき
一度この「法定単純承認」が成立してしまうと、後から「やはり借金が多かったので相続放棄します」ということは原則として認められません。
【本題】故人の預金から葬儀費用を支払うのはOKか?
それでは、本題である「故人の預金から葬儀費用を支払う」という行為は、上記の「財産の処分」にあたるのでしょうか。
結論から言うと、社会通念上、相当な範囲の葬儀費用であれば、故人の預金から支払っても法定単純承認には当たらない、というのが判例の考え方です。
これは、葬儀が社会的な儀式として必要不可欠な出費であり、相続人の利益のためではなく、あくまで亡くなった方ご自身のために行われるものと考えられるためです。
注意点:認められるのは「相当な範囲」まで
ここで重要なのが「社会通念上、相当な範囲」という点です。故人の社会的地位や生前の収入、遺産の状況などから見て、あまりに華美・豪華すぎる葬儀を行った場合、その費用を故人の預金から支払うと「財産の処分」とみなされ、相続放棄が認められなくなる可能性があります。
あくまで一般的な規模の葬儀費用に留めるべきであり、支払った際は必ず領収書や明細書を保管しておきましょう。
【具体例】これはOK?NG?許される行為・許されない行為
葬儀費用以外にも、判断に迷うケースは多々あります。ここでは、法定単純承認にあたる可能性が「低い行為」と「高い行為」の具体例を解説します。
《許される可能性が高い行為》
- 経済的価値の低い形見分け
写真や手紙、一般的な衣類など、金銭的価値がほとんどないものを形見として分ける行為は問題ありません。 - 故人の死亡保険金の受取
受取人が相続人個人に指定されている死亡保険金は、受取人固有の財産であり、相続財産ではありません。
《許されない(法定単純承認となる)行為》
- 故人の預貯金を葬儀費用以外のために引き出し、使用する
生活費に充てる、自分の借金返済に使うなどは、典型的な財産の処分行為です。
>>預貯金が不正に引き出されいる - 故人の不動産を売却したり、リフォームしたりする
- 故人の自動車や株式、美術品などを売却する
- 故人が受け取るはずだった家賃や売掛金などを取り立てて使用する
- 遺産分割協議書に署名・捺印する
遺産の分け方を話し合う「遺産分割協議」に参加すること自体が、相続する意思の表れとみなされます。
>>遺産の分け方で揉めている
判断に迷ったときの最善の対処法
ここまで解説したように、許される行為と許されない行為の境界線は、時に非常に曖昧です。自己判断で行動してしまい、後から相続放棄ができないという事態は絶対に避けなければなりません。
そこで、最も安全で確実な方法は、「故人の財産には一切手を付けず、葬儀費用などは相続人が自身の財産から立て替えて支払う」ことです。
どうしても故人の預金を使わざるを得ない場合や、すでに行動してしまい不安な場合は、その行為が法的に問題ないか、速やかに弁護士に相談して確認することをおすすめします。
まとめ:相続放棄では「財産に手を付けない」が鉄則
相続放棄を検討しているなら、「故人の財産には手を付けない」というのが大原則です。
葬儀費用のように例外的に許される行為もありますが、それも「社会通念上相当な範囲」という条件付きです。その判断は法律の専門家でなければ難しい場合も少なくありません。
「これくらいなら大丈夫だろう」という安易な自己判断が、将来的に多額の借金を背負うことにつながるリスクがあります。少しでも判断に迷うことがあれば、行動を起こす前に、まずは相続問題に精通した弁護士にご相談ください。
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